合否の結果は、無残にもリベンジならずの不合格であった。受験に関してはこれが2回目の挫折となりどこまでも行っても詰めの甘い性格が浮き彫りとなった。とはいうものの晴れて兄弟校の城北埼玉であったため、落ち込むこともなく逆にすっきり晴れやかな気持ちで入学することとなった。3月15日中学校の卒業式の翌日、入学前のクラス分け試験が行われた。11クラス中1クラス選抜、2クラスは基礎クラス、残りは一般のクラスであった。入学式前日にクラス分け発表となり自分は一般のクラスでった。こんなにホッとしたことはなかった。基礎クラスが悪いわけでなく、いきなり順位を決められてあなたは550人中350番ですと言われるのと、550人中549番ですと言われるのでは精神的負担がまるで違うからだ。とは言ってもオール進学受験校であったため、1年生の1学期で普通の1年の課程を全部終わらせるカリキュラムが組まれている。そのため1学期の期末試験では540番目まで下がってしまう結果となった。しかも30点以下は赤点となり赤点が2教科あると留年となる制度だ。なので同じクラスに留年性も2名程度はいたのだ。赤点2教科の自分夏休みに10日間の強制勉強合宿所、猿ヶ京という群馬県の温泉地で朝から晩まで勉強することとなった。今思えばだが、合宿料金、交通費は自費だったので親はどう思っていたのであろうか?聞くに聞けないが、さすが私立のお金の徴収方法だと感じる。さて、そんなこんなで何とか無事卒業を迎えるわけだが、入学時は550人が最終的には20人以上は減っていた。そして、この男子校生活が今の自分の性格形成の多くを占めているのである。
・色気などあまり女性から見られている感がない。
・割とズケズケ物を発言する。
・同校同学年はみな兄弟レベル。
・自分勝手でわがままが許される。
このような今もある性格はこの時代に形成されたものである。更に同調圧力に屈しない人と違うことをしてしまう性格を加えると今でいう発達障害であることは明白である。そして自覚もしている。自閉的な要素は少ないが注意力が散漫だったり人が傷つくことを平気で口にしてしまうことは一般的にASHDと呼ばれるがまさに考えるよりも先に動く多動の気があることはその障害なのかもしれない。まあそれさえも気にしていないので自覚があっても気を付ける気配もない。そすして受験学校の自分は一様の受験をする。全く勉強はしていないため六大学すべてと程度を知るためにいくつかの学校を受験する。